【Annexe Café】 4
 

Annexe Café

□ 愛でなく…… □

  「ふう」
  人気のない蔵の裏まで来ると、小十郎は軽く肩を回した。今回の任務は楽だったな、と密かに思う。
  (龍の右目が二人もいて忍を疑うのでなく物の怪とはね。一見すると荒くれ者揃いだけど、案外、可愛いとこもあるじゃん)
  込み上げてくる微笑を小十郎は小さく噛み殺した。お陰で、予定より早く奥州の内情を調べることが出来た。まあ、大方はこちらの予想通りだったが。
  (相変わらず、大将の見立てに間違いはなし、か。本当……あの慧眼には恐れ入るよ、全く。確かにあの黒き龍にも天下を狙えるだけの器量がある。だが……)
  男の瞳が忍の色彩(いろ)に変わった。
  小十郎には一つだけ気になる点があった。闇に生きる自分だからこそ嗅ぎ取れる危険な匂いがする。あれは、腐臭か……?
  無意識に顎に手を当てて考え込んでいた男は、突然、ハッと息を呑んだ。背中を突き刺す様な視線に慌てて振り返る。
  「これは政宗様、このような時間にどちらへ行かれるのですか?」
  自分をじっと凝視する政宗に男は小十郎の声と表情で丁寧に話し掛けた。変化の術はまだ解いてないが、この姿で政宗と直に話すのは初めてだった。不安を押し殺しながら、政宗様、と再び繰り返す。すると、政宗が低く呻いた。
  「小十郎そっくりの物の怪だと聞いてたが……全然、似てねえ」
  「……」
  「まあ、忍風情の術ならそれが限界か。しかも、口を開けば直ぐにぼろが出る。本物の小十郎がこんな時分に俺が一人なのを見て、どちらへ、何て暢気に訊くと思うか? ここまでくると、最早、滑稽を通り越して不愉快だ。その程度の腕で龍の宝を汚したら、どうなるか……手前の身に刻め!」
  「……っ……!」
  瞬時に間合いを詰めた政宗の放つ刃を男は素早く左手で抜刀して受けた。政宗の口の端が小さく上がった。
  「ほう、利き手じゃねえのに、なかなか良い反応だな。だが、それじゃあ小十郎の右手の足元にも及ばねえ。所詮、手前は紛い物の二流品だ」
  「くっ……!」
  男は政宗を横に薙ぎ払い、大きく後ろに跳び退った。同時に刀を利き手へと持ち替える。
  「あらら……随分、ご機嫌斜めだね。この姿がそんなに気に入らない?」
  飄々とした調子で男が尋ねた。政宗の身体から抑え切れない蒼い怒りが迸った。
  「さっさと正体を現せ。そうしたら、楽に殺してやる」
  「出来る訳ないでしょう、そんなこと。ところでさ、この際だから一つ訊きたいんだけど……あんた、あの黒き龍に自分の右目を抉らせたって本当?」
  「……」
  「幾ら主命とはいえ、子供の目を抉るなんて並みの神経じゃ出来ない。それは己が死を覚悟したよっぽどの忠臣か、あるいは……その深淵に、血に飢えた狂気を潜ませてるか。ねえ、あの黒き龍はどっちだと思う?」
  「……忍のくせに口が減らねえ奴だな」
  「忍だから、片倉小十郎がどんな人物なのか知りたいんだよ。これも仕事なんで」
  「手前も主から命じられたら同じことをするだろう。それと同じだ」
  「いや、違う」
  男は、はっきり言い切った。自分の主・幸村なら、他人にそんなことを命じたりは絶対にしない。どんなに怖くても、自力でやろうとするだろう。
  (そして、それを察した俺様が代わりに旦那の右目を抉る。そんな恐怖は旦那には要らない。もし、それで旦那から疎まれたとしても――……)
  馬鹿者、と言う幸村の声が聞こえた。
  『某が斯様なことで佐助を疎むはずがなかろう。寧ろ、感謝するはず。そして、同時に己が未熟さを心より恥じ、更なる精進を誓うことによって必ずや佐助に報いらんとするだろう』
  純粋に真っ直ぐ自分を見つめる幸村の幻に佐助は小さく苦笑した。
  (あ~あ、やっぱり俺様、旦那には敵わないや)
  忍である以上、必要とあらば、どんな汚いことにも手を染める覚悟は出来ていた。しかし、いつもその前に幸村が紅蓮の炎で不浄なる一切のものを焼き尽くす。そうしてまた一つ新しい業を背負って……なのに、何事もなかったかの様に再びあの手を差し伸べてくれる。だから、自分は未だ腐らずに闇の中で生きていられる……人として。
  (そうか……そういうことか)
  佐助は右目の真相がわかった気がした。初めて政宗を真剣にみやる。
  「あんた、見るからに自尊心が高そうだけど……たまには素直になりなよ」
  「何のことだ……?」
  怪訝そうに政宗が尋ねた。佐助は、お節介だな、と密かに自嘲しながらも言わずにはいられなかった。もし、幸村に出逢わなかったら、自分はここにいなかったから。
  「あんた達の間で本当は何が起こったのか詮索する気はないよ。ただ、腹に溜まってることがあるなら早くぶつけた方が良いってこと。手遅れになる前に。多分、もうかなり腐ってるよ……あの黒き龍は」
  ”Shut up!”
  そう叫ぶや否や、政宗の鋭い剣尖が佐助を襲った。しかし――……
  「政宗様!」
  「……っ……!」
  小十郎の姿と声に僅かに太刀筋が鈍った。その隙を佐助は見逃さなかった。口の端を上げて霧の様に闇の中へと消えてゆく。ちっ、と政宗が低く舌打ちした。
  「言いたいことだけ勝手に喋っていきやがって。そんなことは手前に言われなくても……」
  政宗の指が、そっと眼帯に触れた。落ち窪んだ眼窩の奥がまた重く疼いていた。
  あの日、小十郎は刃物を使わなかったが、出血が酷くて再び生死の境を彷徨った。数日後、漸く意識を取り戻したものの、右の瞼は厚く垂れ込めて動かなくなっていた。幼い政宗は傍にいた者に問うた。
  『……梵の、右目は……? せめて、自分で……供養、したい……』
  『……それが……何分、奥座敷は酷い有様でしたので……見つかりませんでした……』
  『……そうか……』
  恐らく小十郎の手により細かな肉片となって、あの赤い海に沈んでしまったのだろう。それとも、今もまだどこかで腐っているのだろうか……
  「小十郎、俺は……」
  苦しそうに月を見上げる政宗に応える者は誰もいなかった。

  はあ、と佐助は大きなため息をついた。巧く政宗をかわして国境(くにざかい)の森まで来たのに、後は甲斐に戻るだけなのに、最も厄介な者に会ってしまった。
  (今夜の俺様って本当、ついてない)
  佐助は大手裏剣を構えて正面の木の影をじっと見据えた。
  そこには一人の男が立っていた。闇の中でもわかる獣の様な双眸と意識を甘く痺れさす爛れた腐臭。そして、蒼ざめた月をも冷たく弾く左手の太刀。
  「龍の右目……いや、禍々しき黒き龍」
  「ふっ……」
  その言葉に小十郎の口唇が醜く歪んだ。
*    *    *

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Date:2012/08/13
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Thema:二次創作:小説
Janre:小説・文学

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