【Annexe Café】 4
 

Annexe Café

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□ いつか、どこかで □

 狭い路地を一人の男が不安そうに窺っていた。背後に迫る警官に心臓は今にも恐怖で押し潰されそうだったが、捕まりたくない一心で男は必死に逃げ回っていた。チラッと視線を上に走らせると、夕闇の迫る空を何機ものヘリコプターが旋回しているのが見える。恐らく搭載しているカメラで地上を隈なく捜索しているに違いない。このままでは追い詰めらるのは時間の問題だった。
”Shit.”
 小さく悪態をついて男は傍にある茶色い非常階段の影に身を潜めた。
 何でも良い。逃走用の足が欲しかった。しかし、こんな裏通りでは車はおろか人影すらなかった。持っている物といえば……男はポケットの上から存在を確かめる様に新しい拳銃をなぞった。今まで使っていたのは一昨日の晩、妙に腕の立つ東洋人に奪われてしまった。隙を見て咄嗟に小型ハンマーで殴って逃げたが、あれが警察の手に渡ったのだろう。男は自分のしたことを棚に上げ、心の中で口汚くそれを罵った。そのとき、背後から不意に低い声が聞こえた。
”This way.”
 驚いて振り返ると、少し道を戻った処に五番街にでもいそうな身なり良い男が立っていた。暗青色のダブル・ブレストの背広をきっちりと着こなし、まるで潮風にでも曝された様な少し褪せた金髪と綺麗な翡翠の瞳をしている。しかし、その端正な顔立ちとは全く不釣り合いな鋭い眼光が相当な場数を踏んでいることを雄弁に物語っていた。
 金髪の男は右の小路を顎で指すや否や、先導する様に走り出した。
”Wait!”
 反射的に男は後を追った。こんな脇道があっただろうかと頭の片隅で思ったが、今はただ、早くここから逃げたかった。前を行く男の背に向かって叫ぶ。
”Hey,where do we go?”
 しかし、返事はなかった。
 その道は二つの建物の間を強引に押し広げて作ったかの様に細く狭くどこかへ続いていた。周囲の古い煉瓦壁に響く二人分の乾いた靴音。時折、それに混じって冷たい鈴の音が聞こえるのは気のせいだろうか。男は少し落ち着きを取り戻した頭で、騙されたかもしれないと疑い始めた。そのとき、急に視界が開けて人気のない薄汚れた通りへ辿り着いた。
”……!”
 男は罠を警戒し、素早く銃を構えた。右の建物の影に誰かが潜んでいるのか。あるいは、反対の……が、どんなに目を凝らしても、辺りには猫の子一匹いなかった。全く何の気配もない。もしかしたら、と男は思いついた。警察は別の事件の犯人を追っているのかもしれない。それを勘違いして逃げたから追われてしまった。そうでなければ、警察がこんな雑な包囲網を布(し)く訳がなかった。
”……”
 総ての辻褄が合い、男は漸く肩の力を抜いた。危うく巻き添えを食うところだった己の滑稽さに笑いが込み上げてくる。しかし、その瞬間――……
「笑うな」
 突然、金髪の男が振り向きざまに鳩尾に鋭い一撃を放った。前のめりになった男の頭を更に黒皮の手袋をした右手が地面に強く叩き落とす。
「何、笑ってんだ、お前? 助かったとでも思ってるのか?」
”What――……”
 しかし、それは直ぐに途切れてしまった。上質な革の靴がこめかみをきつく踏みつけ、道に捨てた煙草を揉み消す様にギリギリと締めつけた。頭が割れそうな痛みに男は苦しげに呻きながら、必死に払い除けようとした……が、その足は見掛けより遥かに重く、全くびくともしなかった。
「喋るんじゃねえ。お前が俺と同じ言葉を話すのを聞くと反吐が出る。このまま、踏み潰してやろうか。ああ?」
『ふふっ、それじゃ通じないわよ、イギリス』
 取り巻いている妖精達が面白そうに笑った。
 国の化身が発する言葉は聞く者の耳には母国語に響く不思議な力があった。しかし、イギリスはそれを自身の魔力で意図的に歪めて敢えて男が理解出来ない言語にしていた。
「はっ、こいつと話すことなんて何もねえだろう」
 イギリスは苦々しく言い放った。その深い怒りを感じて妖精の一人が宥める様に優しく髪に口づけた。
『相変わらず、日本さんには優しいのね』
「……そんな甘いもんじゃねえよ」
 少し間を置いて、イギリスの口唇が自嘲に歪んだ。姿形は人間と同じでも、俺はどうしても考える。考えてしまう……国だから。
「どんな理由があったにしろ、記憶を失って他国につけ入る隙を与えたのは日本の落ち度だ。俺は、それを見逃してやるほどお人好しじゃねえ。そこに利があるなら、手に入れる……今度こそ、必ず!」
 イギリスは掌をきつく握り締めた。
 一度は諦めた想いだった。本心から目を逸らし、欺き、いつしか自分でも過去の記憶になったと思い込んでいた感情。それが何の悪戯か、手を伸ばせば届くところにまで落ちてきた。その気になれば、世間知らずの日本を篭絡するのは赤子の手を捻るより簡単だっただろう。しかし、イギリスはただ静観していた。心の隙間につけ入る様な真似は紳士の矜持(プライド)が許さないと言い訳して、本当は……怖かったから。自分に対して信頼と憧憬を浮かべる日本の瞳が拒絶に変わる様は見たくなかった。それくらいなら、このぬるま湯の様な時間を少しでも長く独占していようと思った……が、その結果、日本の状況は更に悪化してしまった。苛立ってアメリカを責めたものの、変化を恐れて何もしなかった自分にそんな資格はないと直ぐに後悔した。いつから俺はこんなに弱くなってしまったのか。本当に……情けねえ!
『イギリス!』
 不意に妖精が小路の方を指差した。来るわ……!
「……」
 返事の代わりにイギリスは微かに頷いた。先刻から猛スピードでこちらへ近づいて来る気配は感じていた。イギリスは踏みつけている男を冷たく睥睨した。やがて静寂を突き破る力強い声が辺りに響き渡った。
「イギリス!」
 それは今、最も聞きたくない声だった。イギリスは込み上げる感情を抑えて低く囁いた。
「今頃、遅え……アメリカ」
 視線すら寄越さないイギリスにアメリカは小路を抜け切った処で一旦、足を止めた。厳しく相手を見据え、威嚇と警告を籠めて慎重に告げる。
「直ぐに彼から離れるんだ。ここはアメリカで、彼はアメリカ国民だ」
「……」
 しかし、イギリスは何も答えなかった。
 アメリカは踏まれている男にチラッと視線を走らせた。もう抵抗する力がないのか、ぐったりと道に横たわっている。自分より細身とはいえ、イギリスは一国の化身……その重さに人間が一人いつまでも耐えられるはずがなかった。このままでは死んでしまう。そう思った瞬間、アメリカの中から焦りにも似た怒りが湧き上がった。
「イギリスッ!!」
「……煩え。ここは、俺の領域(テリトリー)だ」
 ゆらりとイギリスから仄暗い気が立ち上った。反射的にアメリカは左脇のホルスターから素早く拳銃を引き抜いた。その音に、初めてイギリスの身体が動いた。微かに首を傾げて色彩(いろ)のない瞳でじっとアメリカを見つめる。
「……また俺に銃を向けるのか、アメリカ?」
「彼から離れるんだ、イギリス!」
「今度は、あのときの様にはいかねえぞ」
「……っ……!」
 痛みすら感じるイギリスの鋭い視線にアメリカは顔を顰めた。銃を向けている自分の方が遥かに有利なはずなのに、言い知れぬ悪寒が背筋を駆け抜けてゆく。いつもとは違うイギリスの存在感に、思わず、圧倒されそうになった……が、気力で踏み止まった。
「誰であろうと、俺の国民を傷つけることは絶対に許さない!」
 それは国としての本能か……あるいは、現在、唯一の超大国としての矜持(プライド)か。そこはアメリカにも良くわからなかった。ただ、自分を構成する要素の総てが引いては駄目だと声高に叫んでいた。イギリスは無言で顔を伏せた。そして、すっとアメリカへ右手を差し出した。その掌に蒼い炎が静かに灯る。
「……いつか、どこかで」
 抑揚のない声でイギリスは呟いた。
「お前とはまたこうなるとわかってた」
 次の瞬間、炎を握り潰した手の中から鈍色の銃口が現れた。同時に、アメリカは躊躇うことなくイギリスに向けて引き金を引いた……

 その頃、日本はホテルの部屋のソファにぼんやり座っていた。
 暖炉の前では先ほどから私服の警察官が弁護士と医師を交えて厳しい顔で話し合っていた。日本の予想外の自白でにわかに取り調べの様相を呈してきた室内は幾分、緊迫した空気が張り詰めている。しかし、日本には彼らの話が全く理解出来なかった。昨夜と同じ……化身なので言語の壁はないものの、開国以前はなかった言葉の意味や概念はわからないので、内容が汲み取れなかった。しかも、鎮痛剤が切れてきたのか、先ほどから鈍い頭痛と吐き気がする。
(まだ時間が掛かりそうですね……)
 はあ、と日本は苦しそうに息を吐いた。そのとき、頭上から透明な声が降ってきた。
『ああ、どうしよう。どうしよう……』
「……?」
 ゆっくり視線を上げると、天井の近くに淡い光を纏った小さな妖精がいた。
「おや、これは……」
『えっ!?』
 二人の目が空中でカチリと合った。すると、妖精は悲鳴を上げて慌てて照明の裏に隠れてしまった。何もあんなに驚かなくても……と日本は少し残念に思った。暫くそこを見ていると、妖精は恐る恐る顔を出して尋ねた。
『あの……もしかして、私が見えるの?』
「……」
 日本は無言で頷いた。
 自国にも妖怪や精霊が至る場所にいるので、ここにいても別段、不思議とは思わなかった。しかし、妖精は両手を頬に当て、さっと蒼ざめた。おろおろと視線を彷徨わせる。
『そんな……一体、どうして……そうか。元々日本さんはイギリスと似た器を持ってるからだわ。どうしよう。このままでは日本さんが……ああ、まさかこんなことになるなんて……』
 混乱した妖精は胸の内を多弁に捲し立てながら、くるくると宙を飛び回った。そうして目が回ったのか、気が済んだのか。やがてふらふらになって日本の前へやって来た。
『具合悪そうですね。ごめんなさい……それ、私達のせいなの。私達が作った道を伝ってイギリスの魔力が日本さんに流れ込んでるの』
 妖精は小さく俯いた。意味はわからないが、日本は妖精が見えない者に不審がられないよう瞳で先を促した。
『私達、イギリスに頼まれてある一帯の位相を少しずらしたの。位相のずれた空間は魔力のない人間にはわからないから日本さんを襲った犯人だけをイギリスが誘い込んで、ちょっと懲らしめてやるつもりだった。だけど、そこへアメリカさんも来てしまって……ここは彼の国だから、アメリカさんの瞳は誤魔化せなかったの。それで何か話が拗れて……今、二人は戦ってるわ』
「なっ……!」
 一瞬、日本は絶句した。国の化身同士が争うなどっ……!
(直ぐお二人を止めなければ!)
 慌てて日本は立ち上がった……が、途端に酷い眩暈に襲われた。目の前の景色が滲み、視界が大きく揺れる。身体を支えることすら出来ず、膝が力なく崩れ落ちた。そのまま、意識が暗転し……再び気がついたとき、なぜか日本は薄汚い道の端に立っていた。

(ここ、は……)
 状況のわからない日本は、ゆっくり辺りを見回した。すると、少し離れた場所で二人の男が銃撃戦を繰り広げていた……と言うより、眼鏡を掛けた男が一方的に銃を撃っている。しかし、なぜか弾はもう一人の男の前で総て勢いを失い、パラパラと力なく落ちている様に見えた。一発も当たらない。
「それならっ……!」
 眼鏡の男は地面を強く蹴って素早く間合いを詰めた。瞬間、相手の左手が鋭く閃く。
「……!」
 殆ど動物的な勘で後ろへ飛び退くと、そこを少し遅れて細身の剣が薙ぎ払った。
「危なっ――……」
「甘い!」
 狙い澄ました銃口がすかさず眼鏡の男の手から拳銃だけを弾き飛ばした。そこで、漸く日本は二人が誰だかわかった。同時に胸の奥を鷲掴みにされた様な痛みが走る。アメリカさんっ……!
「……っ……!」
 アメリカは手の甲を押さえてイギリスを睨みつけた。弾が掠めたらしく、指の隙間から細く血が滴った。イギリスは右手に銀色の銃、左手に精巧な装飾の施された剣を持ってアメリカの喉元に突きつけていた。
「反応は悪くねえ。だが、あのときも言ったはずだ、アメリカ……お前は、詰めが甘いんだよ」
 そこには万里の波瀾を踏み超えてきた覇者の風格があった。しかし、次の瞬間――……
「……!」
 アメリカはイギリスの瞳が捉えるより速く懐に飛び込んだ。一瞬の反応の遅れ……その機を逃さず、力任せにイギリスの腹に強烈な拳を打ち込む。車すら楽に持ち上げるアメリカの一撃を食らえば、国の化身といえども只では済まないだろう。咄嗟にイギリスは魔力で障壁を作って防御した……が、衝撃(ショック)を完全に殺すことは出来なかった。吹き飛ばされ、背中から路面に激しく叩きつけられる。
「がっ、はっ……!」
 更に追い打ちを掛けるべくアメリカが一気に間合いを詰めた。痛みで霞むイギリスの瞳にアメリカの顔が映る……未だ記憶にある幼い頃の面影を残しながら、しかし、自らの手を汚すことも厭わない力と冷酷さを持った男の姿が。ああ、とイギリスは短く思った。
(仕方ねえ、か)
 アメリカはもう自分の支配下にあった国ではなく、世界に冠たる超大国なのだから。その逆鱗に触れたらどうなるかは察して余りあった。イギリスは少しの感傷と諦観を瞼の奥に押し込めた。頭の片隅で薄すらと考える。暫く日本と一緒に養生するのも悪くねえか……
 直に襲ってくるだろう痛みに備え、イギリスは歯を食いしばった。せめて無様な声だけは上げたくないから。しかし、それをいとも容易く揺るがす衝撃(ショック)が耳から届いた。
『やめて下さい、アメリカさん!』
「なっ……!?」
 驚いて目を開けると、イギリスの前にこちらに背を向けた日本が立っていた。両手を大きく真横に広げ、アメリカの行く手を遮っている。
『私達は民を思い、護るための存在。それが争えば民の心が傷つきます!』
 戦闘中の化身の間に割って入る危険を一顧だにせず、日本は凛とした声で言い放った。アメリカは日本の少し前で止まってイギリスをきつく睨みつけている。その瞳をイギリスはぼんやり見返した。すると、アメリカが小さく小さく呟いた。
「……どうして」
 アメリカの顔が悔しそうに歪んだ。
「どうしていつも君はそうなんだい、イギリス……」
「……?」
「最後の最後で、いつも君は手を緩めてしまう。君の中で俺はいつまで経っても子供のままなんだ。今の俺を、君は決して見てくれない。俺にとって君に認められないことがどんなに悔しいか考えようとすらしないだ。そして、俺だけを責めるんだ……あの頃は可愛かったのに、どうしてって……」
「アメリカ……」
 その後に続く言葉をイギリスは音に出来なかった。
 認めてないつもりはなかった。ただ、自分より強く大きくなってしまったのが少し悔しくて、どうしても素直になれないから……いつも昔の話を持ち出してしまっただけ。しかし、本心は伝わっていると思っていた。国の血とも言える言語や文化は紛れもなく自分から受け継いだものだから。
 そうか、とイギリスは漸く気がついた。
(一度、世界を手にしたことで俺は貪欲さを失い、いつしかろくな言葉さえ口にしなくなってた。そのツケを今、払わされてるのか……)
「くそっ……っ……あちこち、痛えな……この、馬鹿力が……」
 小さく悪態をつきながら、イギリスは痛みで軋む身体に力を入れて起き上がった。アメリカが警戒して再び銃を構える。
「……まだ続けるかい、イギリス?」
「はあ? それは俺の台詞だ。お前が先に喧嘩売ってきたんだろうが」
「俺はそんなことしてないんだぞ」
「先に銃を抜いただろう、馬鹿」
「それは君が――……」
「ああ、煩い! もう良い。気が削がれた。そこで寝てる男はお前の好きにしろ」
 先刻まで纏っていた仄暗い気を綺麗に消し去ってイギリスは面倒そうに手を振った。未だ地面に倒れている男にアメリカは素早く視線を走らせた。一見したところ、怪我はない。どんな激情に駆られたとしても、その辺りの加減は心得ているのだろう。アメリカは国民が無事だったことに安堵し、同時に恋人を傷つけた犯人を目の当たりにして無音の闇より深い怒りが込み上げてくるのを感じた。
 おい、とイギリスが声を掛ける。
「折角、俺が捕まえたんだ。きっちり司法で裁けよ。でないと――……」
 その先をアメリカは一言で遮った。
「わかってる」
 それはどんな声よりも静かで、しかし、己に反する総てを悪とみなす傲慢にも似た正義感が滲み出ていた。二人の間にいる日本が痛みを堪える様にキュッと掌を握り締めた。
「大丈夫か?」
 イギリスは日本に向かって言った。それを勘違いしたアメリカが僅かに目を瞠る。
「ああ、勿論、俺は大丈夫なんだぞ……何か君が素直に俺を心配すると調子狂うよ。でも、有難うなんだぞ」
「いや、今のはここにいる――……」
 言い掛けてイギリスは慌てて口を噤んだ。アメリカには日本の姿が見えていなかった。それに気づいたイギリスはじっと日本を凝視した。
(これは魔力で形作られた意識体か……元々器は似てるから、記憶をなくしたことで俺の魔力が流れ込んだのか)
 日本は開国後の様々な変化で徐々に魔力を失ってしまったが、それを操る素質まで消えた訳ではなかった。魔力さえ供給されたら、このくらいのことは出来て不思議ではない。しかし、それは相当な負荷を伴い、傷ついた今の日本を長く曝すのは危険だった。どんな影響が出るかわからない……
「イギリス?」
 アメリカは急に黙り込んでしまったイギリスに近寄り、顔の前で軽く右手を振った。すると、ピリッとした痛みが走った。視線をやると、焼き切れた手袋の隙間から火傷と掠り傷が見える。そうだった、とアメリカは思い出した。イギリスに銃を弾き飛ばされ、手の甲を怪我していた。
(ああ、先刻のはこれを心配してたのか)
 酷い傷ではないが、煩く存在を主張してくるところが少しイギリスに似ている気がしてアメリカは胸の奥で小さく笑った。そして、そんな痛みはさっさと振り払って気絶している男をひょいっと肩に担ぎ上げた。背を向けて数歩、足を進める。
「犯人も捕まえたし、そろそろ帰るんだぞ、イギリス」
「ああ、そうだな……お前も早く帰れ」
 柔らかい声でイギリスは日本に言った。日本は不思議そうにイギリスを見やった。
『あの……私も一緒に――……』
 呼び止めようと日本は手を伸ばした。その指先をイギリスの身体がすり抜けてゆく。
『えっ!?』
 今まで日本は自分の状態に全く気づいなかった。私、どうして……
「大丈夫だ、日本……これは総て夢だ。だから、お前は早く帰れ」
『でも……』
 躊躇う日本にイギリスはもう一度、優しく囁いた。
「ほら……あれについて行けば良い」
 イギリスの視線の先で蛍火の様な小さな金色の光がふわふわと揺れていた。それは先刻、ホテルの部屋で見た妖精だった。見知った存在に日本は安堵し、微かに頷いた。
『わかり――……』
「イギリス、何してるんだい? お腹がすいたから早く来るんだぞ! イギリス、イギリス~!』
 少し離れた処からアメリカが焦れて大声で呼んだ。イギリスは眉をひそめ、じゃあな、と日本に軽く右手を上げた。そして、アメリカに向かって叫んだ。
「煩え! 何度もそんなに呼ぶんじゃねえ! 一体、誰に似たんだ、お前のそういう鈍感なところは!」
 イギリスは小走りにアメリカを追って行った。
『……』
 日本は無言でその後ろ姿を見つめた。口喧嘩をしながらも、どこか楽しそうなイギリスが羨ましく、少し……胸が痛んだ。
(どうして……)
 それは初めて湧いた感情だった。古くから何度も歌に詠まれ、多くの人々の心を焦がしてきた……嫉妬。しかし、日本はイギリスに嫉妬する理由がわからなかった。だから、二人の姿が薄暗い小路の奥に消えてゆくまで、ただそこに立ち尽くしていた……
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Date:2017/02/12
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