【Annexe Café】 ささやかな願い
 

Annexe Café

□ 短編 □

ささやかな願い

 アメリカが手配したホテルの部屋の窓から外を眺めていた日本はドアの開く音に嬉しそうに振り返った。黒いタキシード姿の恋人を見て、ふわりと口唇が綻ぶ。
「アメリカさん」
「ごめん、日本、遅くなった」
 アメリカは片手でタイをむしり取りながら、足早に日本へ近寄ると、その細い身体をギュッと強く抱き締めた。はあ、と大きく息を吐いて首筋に深く顔を埋める。日本の纏う香水とは違う柔らかな香りが疲れた身に心地良かった。日本は両手をアメリカの背に回し、労う様に優しく背中を撫でた。
「盛大なパーティでしたからね。さすがのアメリカさんもお疲れの様ですね」
「う~ん、体力的には別に問題ないんだぞ。だけど、気疲れって言うのかな。色々な国や人が挨拶に来るだろう。ああいう社交儀礼は、俺はイギリスと違って苦手なんだよ。全く……退屈で仕方なかったんだぞ」
「それはヒーローの義務ですから仕方ないですね」
 ふふっ、と日本は小さく笑った。わかってるんだぞ、とアメリカは頷いた。
 現在、唯一の超大国であるアメリカの化身にこれを機に顔を売ろうとする人の輪は途切れることはなかった。日本はその様子を遠くから眺めていたが、敢えて空気を読まないアメリカでもあれは疲れそうだと思った。それでも、最後まで光の中心であり続けるアメリカはとても力強く……眩しかった。
(壁の花と化していた私とは住む世界が違います)
 日本は少し寂しく思った。すると、アメリカがポツリと呟いた。
「今夜のパーティ……君は楽しめた様だね」
 時折、視界の隅で捉えた日本は端の方でドイツやイタリア、イギリス、フランスなどと歓談していた。主要国会議の主だった国々がいるので嫌でも人目を引いたが、愛想笑いを浮かべて近づこうとする者はドイツやイギリスの厳しい一瞥で直ぐに退散を余儀なくされた。二人とも、日本に余計な気を使わせたくなかったのだろう。お陰で、そこには煩わしい虚飾の光はなく、ただ友人と過ごす楽しい時間だけが流れていた。
 本当は自分もそこに加わりたかったアメリカはそれが羨ましくて仕方なかった。
(でも、俺は強くないといけないから我慢したんだぞ。いつだって君の手を取るのは最強の国だけだから。これから先だって俺が、俺が……!)
 無意識に腕に力が入った。日本が低く呻いた。
「ア、アメリカさん……苦しい、です」
「ああ、ごめん」
 慌ててアメリカは身体を離した。ちょっと思考がネガティブになってるんだぞ、と密かに自分を叱咤する。これではいけないとアメリカはさり気なく話題を変えることにした。
「そういえば、日本、今日は君の誕生日だろう。なのに、こっちに来て良かったのかい?」
「はい、誕生日と言っても特にパーティなどしませんし。至って普通の休日ですから」
「そうなのかい?」
 アメリカは小さく首を傾げた。
 言われてみれば、毎年、盛大な誕生日パーティを開く自分と違って日本は淡々とこの日を過ごしていた。恋人の大事な日とはいえ、そんな様子にアメリカもうっかり忘れてしまったことも一度や二度ではない。
「どうしてやらないんだい? 確かに君は派手なことは苦手だけど、自分の誕生日なんだぞ。その日に国として誕生したり、何かから独立したんだろう。素晴らしいことじゃないか。それを君は皆に祝って貰いたくないのかい?」
「……そう、ですね」
 日本は曖昧な微笑を浮かべた。
「祝って貰うのは嬉しいんですが、誕生日と言われてもあまり実感が湧かないんです。私の誕生日を制定したのは開国後で、それ以前はその様な概念はありませんでしたから。だから、本当にこの日で良いのかどうか……記録を辿ろうにも、私は中国さんに会うまで文字を知らなかったし、昔の記憶はもう定かではなく……それで、当時の上司が古い文献などを参考に決めてくれたのが今日なんです」
「そうなんだ」
 アメリカの表情が微かに曇った。
 腕の中にすっぽり収まってしまうこの華奢な恋人は自分の何倍もの年月を生きてきた国だった……己が誕生日も忘れてしまうほど。だから、上から与えられた日に何かを感じろと言うのが元々無理な話なのかもしれない。でも……なら、日本は知らないのだろうか。盛大に花火を打ち上げて愛すべき自国の民に祝われるあの歓びを。再び辿り着いたこの日に……ときには誰かを傷つけてしまった過去に苛まれることがあっても今は並んでいられる感謝を。
(君は知らないんだ……)
 それはとても寂しいことの様な気がした。
「……」
 急に押し黙ってしまったアメリカを日本は少し不安そうに見上げた。すると、突然、アメリカは晴れやかに破顔した。
「そうだ。良いことを思いついたんだぞ。これから毎年、俺が君の誕生日パーティを開いてあげるよ」
「えっ!? そんなことをして頂かなくても……!」
 慌てて日本は両手を振った。しかし、アメリカはそれを綺麗に無視した。
「これは俺からのプレゼントだから反対意見は認めないんだぞ」
「で、でも、他国の化身の誕生日パーティなんて上司にどう説明するんですか? 予算だって下りるかどうか……」
「日本、俺を誰だと思うんだい? ポケット・マネーでパーティを開くのなんて訳ないんだぞ」
「私だってパーティくらい開けます」
「でも、君、実感ないんだろう? 今まで何回、誕生日を忘れたんだい?」
「そ、それは……」
 日本は言葉に詰まってしまった。しかし、ここで引いたらアメリカは本当に実行してしまうだろう。日本は先ほどのパーティを思い出して小さく俯いた。アメリカが話を続けた。
「誕生日にまで気を使いたくないなら、招待するのは君と親しい国だけにすれば良い。君が主役なんだから、君の好きな様にすれば良いんだ。俺はそれで構わないよ。君にとって居心地の良いパーティ、それが俺からのプレゼントなんだぞ」
「……でしたら」
 思いつめた声で日本が言った。
「パーティなんて開かなくて構いません。プレゼントもいりません。でも……」
「でも?」
「その日に、私に言ってくれませんか……誕生日おめでとうって。直接でなくても良いんです。アメリカさんにとっては平日で仕事もあるんですから電話でも構いません。でも、そのときは……その瞬間だけは、ただ一人、私だけを想って欲しいんです。そうしたら、いつか私にもわかるかもしれません……誕生日の素晴らしさが」
 日本は真っ直ぐアメリカを見つめた。その澄んだ黒い眼差しをアメリカはしっかり受け止めた。それは、滅多に自己主張をしない日本の本当にささやかな願いだったから。君って人は全く……
 アメリカは恋人の細い腰を抱き寄せ、頬にそっと掌を添えた。
「なら、今年から始めよう、日本……誕生日おめでとう」
「有難うございます」
 日本は少し照れた様に微笑んだ。爺なのに、何だか子供みたいです。
「今はそれで良いんだぞ。何せ誕生日に関しては俺の方が君よりずっと年上なんだから」
「年上って何ですか」
 クスクスと日本は笑った。アメリカが眼鏡を外して胸のポケットにそっとしまった。ゆっくり顔を寄せてくる。
「これから一緒に少しずつ時間を重ねていこう、日本、俺もこの日は出来る限り君といられる様にするから」
「……アメリカ、さん」
 日本が恍惚と呟いた。
 嬉しさに震える胸の音が聞こえてしまいそうで恥ずかしくて居た堪れないのに、目を逸らすことがどうしても出来なかった。国の化身としては決して口に出してはいけない言葉が込み上げてくる。私は貴方を――……
 二人の口唇が触れる僅か手前でアメリカが低く囁いた。
”Happy Birthday,Kiku.”
 だから、日本は代わりにその声に総てを委ねて静かに瞳を閉じた……
*    *    *

Information

Date:2014/02/12
Trackback:0
Comment:0

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://annexecafe.blog.fc2.com/tb.php/47-1d49a09a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)